翻訳機のある時代に、なぜ英語を学ぶのか

教育

私は英語の中学・高校教員免許を持っており、自分自身英語を勉強することが好きなのですが、いつも胸の中にもやもやした思いがありました。それは

「英語の勉強って、必要なんだろうか」

という疑問です。

最近の翻訳の精度の高さをご存知でしょうか。
・グーグルレンズを使えば、英語の本をすぐ和訳してくれる。
・ポケトークなど、音声を聞いて相手の国の言語に翻訳してくれる。
など、どれもより早く正確に翻訳ができるようになってきています。

英語がわからなくても、読めたり話せたりするこの時代に、わざわざ英語を学ぶ必要はあるのでしょうか?
今回はそんな疑問に対する私なりの考えをご紹介できればと思います。

英語は学ばなくても生きていける。

翻訳機があれば、正直英語を学ばなくても生きていける。
その通りだと思います。

しかしそれが英語を学ばないことには繋がらないと思っています。

なぜなら英語を学ぶのは、

「生きていくために必要だから」

ではなく

「人生をより豊かにするため」

だと考えるからです。

より豊かにするとはどういうことなのでしょうか。
具体的に、どんなメリットがあるから豊かになるのでしょうか。
メリットはたくさんあると思うのですが、「機械翻訳ではできない大きなメリット」があると私は考えています。

私が考える英語を学ぶメリット

機械翻訳ではできない大きなメリットは、

「友好の気持ちを伝えられる。」

ということです。

例えばこんな経験はないでしょうか。

旅行先や空港の受け付けで、外国人だけれど、カタコトながら日本語を使って話してくれた時に、「おおっ!」とか、「すごい!」とか、「なんか嬉しい!」という気持ちになったりしませんか?

それは、その人が僕達と関わるために、努力して言語を覚えようとしてくれた「見えない努力」をあなたが読み取っているからです。
「必要ではないのに、日本語を頑張って覚えて、使ってくれてるんだ!」と、直感的にわかるからです。

この思いは、機械翻訳では感じられないでしょう。機械翻訳を通して会話する人と、拙いながらも自分で考えて伝えようとしている人がいたら、どちらに好感をもったり、応援しなくなったりするでしょうか?一目瞭然ですよね。

機能的な思考のやり取りは翻訳機能で十分です。ただ、時間をかけて言語を学んで伝えようとする人からは、「他の国の人と繋がりたいです」という歩み寄る気持ちや愛を感じられると思います。

ここで一つ補足したいのですが、表情やボディーランゲージにも、友好的な気持ちを伝える作用があります。これらも非常に重要であり、機械翻訳にこれらを合わせれば、友好的な気持ちを伝えられるのではないか?と私も考えました。

しかし、それらに加えて英語を話せる日本人の方が、外国の人はきっと「ぼくたちと関わろうと思ってくれている人なんだな」と感じだろうなぁと思うのです。

他にも、学習の過程で
・異文化への理解が深まる
・異文化への友好的な態度を養う
・コミュニケーション力
・日本語だけではアプローチできない情報量
・自己肯定感

など、英語を学ぶことは様々なメリットがあると思いますが、これらは日本語で学んでも養える力だと思っています。(英語を通して学んだ方が効率的だという思いもありますが。)

翻訳機があっても英語を学ぶ1番の理由は「友好の気持ちを伝えられるから」だと私は思います。

まとめ

私自身、英語を教える立場でありながら、常に

「でも英語って絶対必要じゃないよな?」

という悩みを抱えながら指導にあたってきました。

しかし、海外旅行やプチ留学(留学というのもおこがましい1週間の語学学校生活。笑)を通して、またYouTubeや他の方のブログを読むことを通して、以前より考えがまとまりました。

「確かに英語は必要じゃない。」
「できないと困るからじゃなくて、できた方が楽しいから学ぶんだ。」

私は英語を学んで、英語を使って思いが伝えられたり、相手の思いがわかったりした時、すごく嬉しいです。この喜びがあるから、勉強を続けられます。

同じ気持ちを子どもたちが感じられるように。
英語を通して友好的なコミュニケーションを世界の人々が取り、手を取り合える世界になるように。

そんな思いで、私は今後も英語を学び、英語を教えていきたいと思っています。

 

誰かの参考になれば幸いです。
最後まで読んでいただいた方、どうもありがとうございました!

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